最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)632号 判決 1962年11月22日
主文
原判決および第一審判決中、上告人から被上告人に対する長野地方法務局所属公証人劔持延治作成の昭和三二年第一二三一号金銭消費貸借公正証書の執行力ある正本に基づく強制執行につき、債権元本金一〇万円ならびにこれに対する昭和三一年五月六日から同年六月四日まで年一割八分の割合による利息、昭和三三年一二月一四日分の損害金五四円および同年同月一五日から支払ずみに至るまで年三割六分の割合による損害金の弁済を求める部分の不許を命じた部分を破棄する。
前項記載の部分につき被上告人の請求を棄却する。
原判決中第一項記載の部分を除くその余の部分に関する上告人の上告を棄却する。
訴訟費用は第一、二、三審を通じこれを三分し、その一を上告人、その余を被上告人の各負担とする。
理由
上告代理人銭坂喜雄の上告理由第一点について。
原判決の引用する第一審判決事実摘示の記載によれば、被上告人の主張は、被上告人の上告に対する支払金額のうち約定損害金を超えた金額はその都度元本に充当されたというのであるところ、右約定損害金の利率は、被上告人の主張によれば金一〇〇円につき一日金九銭八厘というのであるから、結局右約定損害金を超えた金額という趣旨は、利息制限法所定の制限を超えた金額(本件債権元本額である金一〇万円に対する損害金の最高利率は厳密には金一〇〇円につき一日金九銭八厘六毛強)という趣旨を含み、従つて原審において被上告人が同法所定の制限を超えた部分はその都度当然元本に充当されたと主張している趣旨と解し得ないわけではないから、所論は理由がない。
同第二点について。
原判決が論旨に指摘のとおり、利息制限法所定の限度を超過した利息損害金が任意に支払われた場合、その超過部分は、もし元本債権が存在するならば当然右元本に充当されるものと解するのが相当であり、従つて、被上告人が上告人に対して支払つた損害金一六万七一四五円(執行準備費用として支払つた金八五五円を除いた額)のうち、利息制限法所定の限度を超過した部分はその都度元本に充当されて、既に元本、利息および損害金共全額弁済された上、なお過払分が存することが計数上明白であるとして、本件公正証書の執行力の全部の排除を求めた被上告人の請求を認容した第一審判決を維持したことが明らかである。しかし、債務者から債権者に対して利息または損害金として利息制限法所定の限度を超えた金額が任意に支払われた場合、その超過支払部分が残存元本に充当されると解すべきでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和三五年(オ)第一〇二三号、同三七年六月一三日大法廷判決)。これを本件についてみるに、被上告人は昭和三二年五月六日上告人から金一〇万円を、弁済期日同年六月四日、利息年一割八分、損害金は元本金一〇〇円につき一日金三〇銭の割合と定めて借り受けたことおよび被上告人が昭和三二年六月四日から昭和三三年一二月一六日までの間に幾回にもわたり損害金として合計金一六万七一四五円(執行準備費用として支払つた金八五五円を除いた額)の支払を了したことは、原判決の確定したところであり、一方右支払金額一六万七一四五円を逐次損害金の弁済に充当すると、弁済期日の翌日である昭和三二年六月五日から昭和三三年一二月一三日までの約定損害金一六万七一〇〇円の全額は支払ずみとなつた上、残額金四五円は同年同月一四日分の損害金として支払われたものとなるところ、右金四五円は、元本金一〇万円に対する利息制限法所定の最高限度である年三割六分の割合による同日分の損害金九九円に達しないから、その不足額金五四円が未だ弁済なされていないことになるわけである。しかして、債権元本、利息および右支払充当分を除いた損害金債務については、被上告人において弁済その他の消滅事由を主張立証しない。従つて、本件公正証書に基づく強制執行は、債権元本金一〇万円ならびにこれに対する消費貸借成立の日である昭和三二年五月六日から弁済期日である同年六月四日まで約定の年一割八分の割合による利息、昭和三三年一二月一四日分の損害金の残額金五四円および同年同月一五日から支払ずみに至るまで約定利率を利息制限法所定の最高限度に引き直した年三割六分の割合による損害金の支払を求める限度においてこれを許すべきであるが、右範囲を超える部分についてはこれを許さないものというべきである。してみれば、利息制限法一条、四条各二項の解釈適用を誤つた結果、債務が完済されたとして本件公正証書の執行力全部の排除を求める被上告人の請求を認容した原判決は、右強制執行を許さない限度において相当であるが、その限度を超える部分については違法であるから、本件上告は理由があり、第一審判決およびこれを維持した原判決は、その限度において破棄を免れない。
しかして、原判決の確定事実によれば、右破棄部分は裁判をなすに熟するものと認め、右強制執行の許される部分につき被上告人の請求を棄却し、右部分を除くその余の部分に関する上告は理由がないからこれを棄却すべく、民訴四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九五条、九六条、九二条により、裁判官斉藤朔郎の少数意見を除くほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
裁判官斉藤朔郎の少数意見は次のとおりである。
法律に違反したことが行われて、後日それが裁判上の問題となつた場合に、裁判所はその行為の効力を否定するのが通常の事態であつて、ある行為を無効と定めながら裁判上その無効を主張できないものとすることは、むしろ異例のことといわねばならない。高利の禁止という政策を法律の力で画一的に達成せしめることは、実際上かえつて弊害を伴うおそれもあるので、無効としながらも裁判による助力をあたえないという線で放任するということも、一つの異例の措置として理解できる。しかし、債権者は債務者の任意に支払つた制限超過利息(遅延損害金をふくむ。以下同じ。)の返還請求を受けないということだけでも、極めて有利な立場に立つている上に、さらに残存元本の支払をも請求できるというのであつては、利息制限法の立法趣旨である債務者の保護は実際上ほとんど失われてしまう。私の考えでは、裁判所は、債務者のために、その任意に支払つた制限超過利息の返還の請求を認めないとともに、債権者のために、制限超過利息の支払を受けながらなお残存元本の支払を請求することを認めない。すなわち、裁判によつて問題を処理する場合には、債権者・債務者間において、いずれの側からするも新規の金銭の出し入れをせしめないで、その当時の金銭支払関係の現状をもとにして、高利の禁止という立法の目的にかなつた解決をあたえるのが最も公平の理念に合すると考える。このような基本的な考え方に立つて、関係法規を解釈できることは、多数意見引用の大法廷判決の裁判官奥野建一、同五鬼上堅磐の反対意見のとおりである。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七 裁判官 斉藤朔郎)